京町家を未来へつなぐ
業界のトップランナー
株式会社 八清 代表取締役社長
西村 直己NAOKI NISHIMURA
1979年京都市生まれ。中高6年間を東山で学び、京都工芸繊維大学へ進学。同大学大学院工芸科学研究科電子情報工学専攻修了。2003年に株式会社キヤノンへ入社し、システムエンジニアとしてのキャリアを積んだ後、2005年に株式会社八清へ入社。企画営業、建築設計、総務・人事など幅広い業務を経験し、2021年より代表取締役社長に就任。京都における空き家の買取再販事業を軸に、京町家の企画・商品化を推進。宿泊施設やシェアハウスを収益物件として展開し、現在では富裕層向けの不動産売買・別荘管理体制の整備に取り組む。また、活用が難しい大型京町家の新たなモデルとして、コワーキングスペースやレンタルスペースなど多様な活用を提案。関連会社の株式会社SuiTTeでは、別荘シェアリングサービス「SymTurns」を展開するなど、住まいや不動産の可能性を広げている。不動産を通じて「まち」と「人」をつなぎ、まちづくりとコミュニティビジネスの新しいあり方を模索し続けている。趣味は旅行と食事。
CPM(米国公認不動産管理経営士)、CCIM (米国公認不動産投資顧問)、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、二級建築士、 不動産コンサルティングマスター
INTRODUCTION
京都の中心部で約70年にわたり、京町家をはじめとする中古不動産の再生と活用に取り組んできた株式会社八清。今回は代表取締役社長の西村直己さんに八清の仕事のスタイルや京町家への思い、京都のまちづくりの可能性、そして家族との時間や東山中学高校での思い出まで、幅広くお話を伺いました。
八清での仕事と会社のこと。
まず、会社のことやどんなお仕事をされているのか教えてください。
八清に入社して、今年で21年目になります。入社した頃は社員が20数名でしたが、今は約40名の組織になりました。その分、きちんと組織化しないと回らない規模になってきていて、いい意味で「会社としての仕事の仕方」が整ってきたと感じています。
父が会長としていまもバリバリ現役で仕事をしてくれているのですが、主に契約関係など「守り」の部分を支えてくれています。また私が社長になってから経営体制を一部変更しました。重要な役割を担う幹部クラスを執行役員に引き上げ、取締役とともに4名ほどの経営体制の中で、私は「攻め」の部分──戦略・物件の仕入れ・企画・人事といった部分を担当しています。
具体的に会社の部門としては、大きく5つあります。
1.売買系の企画営業
2.賃貸管理
3.建築・施工
4.Web制作・広報(情報発信全般)
5.バックオフィス
各部門の会議や打ち合わせには私も参加することにしています。特に営業系は細かく見ています。物件の仕入れや売却は会社の売上の7割ほどを占める重要な部分なので、必ず自分の目で現場を見て、値付けの感覚も含めて関わるようにしています。「守り」は会長や現場に任せつつ、自分は日々「攻め」の部分にエネルギーを使っている、というのが今の私の仕事です。
「京町家の八清」というイメージが強いですが、あらためて会社の特徴を教えていただけますか。
創業から数えると、八清は約70年の歴史がある会社です。もともとは建売などを手掛けていましたが、父の代から「スクラップ&ビルドだけではダメだ...」と考え、中古再生へと舵を切りました。今は、ざっくりいうと取扱い物件の約7割が京町家、残り3割が在来木造や小さなビルといった中古不動産です。我々の基本スタンスは、中古の資産に新たな価値をつけること。住まいとしての活用もあれば、収益物件としての活用もあります。富裕層向けの別荘的な利用もありますし、「使うとき」「使わないとき」両方をどう設計するか、といったソフト面の提案も含めてやっています。
八清のドメインとしては、あくまで「販売」と「住まい」が中心です。店舗系も扱いますが、店舗仕様に作り込みすぎるよりは、住まいをベースに柔らかく使ってもらう形が多いですね。
創業から受け継いできた「真面目におもしろいこと」
八清らしさとは?(大事にされているスタンス)
元々は繊維業を生業にしていました。そこから時を経て不動産業へと転じることに。創業以来いろいろな分野にチャレンジしてきましたが、変わらないのは「真面目に、きちんと。でもおもしろいことをやる。」という姿勢です。一般の方が不動産業界をイメージされる時に、とにかく派手で...とか、何となくグレーな業界...とか思われるかもしれません。実は私もそういうイメージが大嫌いでして(笑)もちろん大半の会社はそんなことは無いので、どうか勘違いしないください(苦笑)
ですので、とにかく私たちはやるべきことを誠実にきちんとやる。その上で、少し先を見ながら、世の中にまだないようなおもしろいことにチャレンジしていく。社内のメンバーだけで考えるのではなく、お客様や外部の設計者・デザイナーからもアイデアをいただきながら一緒に作っていく――共創。そんな会社でありたいなと思っています。その上で皆さまに評価をしていただければと考えています。
京町家と共創の取り組み | 町家再生は“実験の場”でもある
京町家に込めてきた想い
私が入社した頃には、すでに京町家の再生事業は始まっていましたので、そこに加わる形で携わってきました。やはり京町家は京都にとって、とても大切なストックだと感じていますし、他の会社がやっていないことをやりたいという気持ちも強くありました。
たとえば、住まいとしての京町家だったものを、シェアハウスのような住まい方に変えてみたり、一棟貸しの宿泊施設にしてみたり。今でこそよく見かける形ですが、当時はまだ珍しかったんです。京町家を実験の場として、ありとあらゆる活用を試してきました。上手くいかなかった事例もたくさんありますが、その中で「大きな町家ほど残りにくい」という実感も得ました。大きな建物を残すには、相応のコストだけでなく、ソフトの部分──使い方の工夫が本当に大事なんです。我々はシェア型の活用方法など含めて、いろいろな形を試しながら、どうすれば町家が残っていくのか?を模索してきたつもりです。
「アイデアコンペ」で共創する町家
八清を象徴するプロジェクト
象徴すると言えば、社外と一緒に作るプロジェクトがその1つかなと思います。外部の設計者やデザイナーにジョインしてもらうのはもちろんですが、いま力を入れているのが「リノベーションアイデアコンペ」です。ホームページ上で、「こんな町家に住んでみたい」「こんな使い方をしてみたい」というアイデアを一般の方から募集し、その中から実際に物件化する取り組みを、2年に1回くらいのペースでやっています。毎回、50件前後のアイデアが集まるんですね。建築の専門家でなくても大歓迎なんです!むしろ僕らの発想を超えるような企画が一般の人から出てきた方がおもしろい。京都の「くらし」を共創し、京都を魅力あふれる「まち」にするというパーパスを掲げているのですが、この「共創(ともに作る)」を、形にした取り組みだと感じています。
インターネット時代との親和性と情報発信
八清さんの物件紹介ページは、一般的な不動産情報サイトと比べても情報量やストーリーがとても豊かですよね。
よくある物件サイトは、定量的な情報だけが並びがちですよね。僕らはそこに定性的な情報やストーリーを足すことで、その物件ならではのおもしろさを伝えたいと思っています。世の中的には、ちょっと”不細工”だと思われている(思われてそうな)物件をいかに価値あるものに仕立て直すか。これはすごくおもしろい仕事ですし、企画・プロデュースの力が問われる部分でもあります。
父の代の終わり頃に中古再生をブランド化しようと始めた「リ・ストック住宅」という商標付きのブランドがあります。単なる中古住宅ではなく、調査・再生(リノベーション)によって性能や付加価値を高め、新築に近い品質で長期にわたって安心して住めるように生まれ変わらせた、良質な既存住宅にアフターサービスも付けるという”型”をつくりました。そこからさらに、京町家というストックにフォーカスしたことで、いまの八清のスタイルが出来上がっていった感覚があります。そして何よりもインターネット時代に入ってからは、自社サイトで集客できるようになり、広告に頼らないモデルにシフトできました。もともとIT業界にいたこともあって、Webの活用は、私にとってひとつの武器になりました。
スタッフ採用のポリシー
時代によってスタッフの皆さんのタイプも違うのでしょうか?
ざっくりとですが全体的に優しくて真面目な人が多いですね。採用の時々で変わったりもしますが、常にに意識しているのは、正直な人であること。それから不動産業界の経験者ばかり偏って採用しないということです。
もちろん例外はありますが、賃貸をやっていた人はいても、売買をガンガンやってきた営業マンみたいな方はほとんど採らないとか。時にこれまでの経験(くせ)が邪魔をすることもあるので、そこは慎重に見させてもらっています。むしろ、異業種からおもしろい発想を持ち込んでくれる人の方が、八清には合うと感じています。建築をやりながらCG(コンピューターグラフィックス)をやっていた人、NPOを立ち上げたことがある人など、少し変わった経歴の人も採用してきました。建築と不動産の両方を理解してもらう必要があるので育成は大変ですが、どちらかと言うと建築が好きな人に不動産を覚えてもらう方が、クリエイティブな仕事ができるように思います。
高難易度の町家と新しいシェアリングのかたち
これからチャレンジしてみたいことについて教えてください
いまの延長線上でいうと、もっと難易度の高い町家──数寄屋造りや本格的な茶室がついたような建物──を、きちんと現代に活かせる形で再生していきたいという思いがあります。伝統構法を用いた新築や再生は、建築確認なども含めて非常にハードルが高いのですが、そこにも挑戦したいですね。ソフト面では、別会社を立ち上げて進めている「別荘シェアリング(SymTurns)」の事業があります。タイムシェアリングのように、サブスクリプション型で別荘を利用できる仕組みで、入居者さん同士のコミュニティが自走していくような世界観を目指しています。
将来的には、京都以外のエリアにも広げつつ、「建物単体」ではなく「エリア全体」のプロジェクトに挑戦してみたいです。外部の方にも出資してもらいながら、村のように町家や伝統建築が並ぶエリアづくりに関われたらおもしろいなと思っています。また、メディアとしての次の形も考えていて、八清が関わった現場をマップ上で可視化し、お客様と一緒に育てていくような「マップメディア」ができないか──そんな構想も温めているところです。
京都のまちづくりについて、感じている可能性や課題は?
京都は、魅力もポテンシャルもものすごく高いまちだと思います。その一方で、今の状況を見ると、ブランディングが進みすぎて地価が上がり、地元の方が住みにくくなっているという現実があります。これは、不動産業にいる身として、やはり少し残念に感じる部分です。とはいえ、私たちが地価そのものをコントロールできるわけではありません。だからこそ、「一度住んでみる」「体験として暮らしてみる」という機会を増やせるような仕掛けをつくりたいと考えています。
賃貸・別荘・短期滞在など、いろいろな段階で京都の暮らしに触れてもらい「いつか本当に京都に住みたい」と思ってもらえるような動線を作ること。それが、八清としてできるまちづくりへの貢献かなと思っています。物件単体というより、エリア全体をおもしろくしていく「エリアリノベーション」的なプロジェクトにも、これからチャレンジしていきたいですね。
次の世代に残していきたい京都の街はどのようなイメージですか
有名な観光名所ももちろん大切ですが、私が特に残したいのは、普通の住宅地の中にひっそりとある素敵な路地です。あまり知られていない一角が、そのまちにとって大事な資産だと思うんです。ところが、路地を含む土地が丸ごと売られてしまうと、その路地ごと消えてしまうケースが多い。これは本当に残念で、なんとかならないかと日々考えています。
実際に、行政や建築審査会と協議しながら、路地に避難経路を確保するなど基準を満たすことで、建て替えを認めてもらう──といった特例的な扱いを実現した例もあります。”面倒くさいことを楽しんで仕事にする”のが、八清らしさかもしれません。普通の不動産会社なら、どうやって効率よく売るかだけを考えるかもしれませんが、あえてひねくり回しながら、自分たちが関われる余地を探していく。その過程を楽しむのが好きなんです。
家族との時間と、東山での学び
西村さんが家庭との両立で心がけていることはありますか。
そうですね…最近は「お父さん、あんまり家におらへんやん」と子どもに怒られることも多くて。それでもできるだけ一緒にご飯を食べたり、ベランダで焼肉をしたり、ちょっとした時間を楽しむようにしています。あと自分が行ってみたい場所に子どもたちを連れていくことも多いですね。嫌がらずについてきてくれる家族には、本当に感謝しています。
家庭は、完全に充電の場です。毎日毎日、会食ばかりだとさすがに疲れてしまうので、水曜日の定休日などは、できるだけ家でゆっくりご飯を食べたいと思っています。子どもは3人とも娘で、いまは次女が受験真っ最中で少しピリピリしています(笑)
まだまだ先になりますが、3人それぞれが社会人として自立していく姿を見るのが楽しみです。
東山でのことも振り返っていただきたいのですが、印象に残っている出来事はありますか?
私は中高一貫で東山に通っていたので、6年間をずっと同じ校舎で過ごしました。特進クラスや普通科などでクラスは分かれていましたが、その中でできた友人関係は、いまでも続いているものが多いですね。
高校3年のときには、耳のヘルペスで1か月半ほど入院するという出来事がありました。ちょうど受験を控えた時期で、「これはもう浪人かな」と思ったくらい大変でした。そこから、チャート式を抱えて必死に勉強し直して、理系から志望を絞り込んで…なんとか合格までこぎつけたのですが、そのときクラスメイトが「早く帰ってこいよ」と声をかけてくれたことや、先生方が気にかけてくれたことは、今も強く印象に残っています。
それから数学の先生から「家庭教師をやってみないか」と声をかけてもらったこともありました。そういう先生との距離の近さや、卒業後も続いている同級生とのつながりは、「東山で良かったな」と心から思える部分ですね。不動産業界には、東山出身者が本当に多いんですよ。社会に出てからも「あ、君もガシか」と声をかけられることが何度もあって、東山のネットワークの力を実感しています。
最後に東山の在校生に向けてメッセージをお願いします
人生は一度きりなので、限られた時間の中で「本当にやりたいこと」に思い切って挑戦してほしいです。何が自分に向いているのかすぐには分からないんですが、色々な場面で違和感を大切にして行動することで、その先の道が見えてくると思っています。自分も一度立ち止まり、進むべき道を変えたことで、想像もしなかった世界が広がりました。しんどいこと、辛いことはあっても、自分で何かをつくり前に進んでいくことはとても楽しいので、焦らずに自分なりの軸を持ってぜひ頑張ってください。
編集後記
「京町家を未来へつなぐ」という言葉の裏側には、華やかな成功談だけでなく、数え切れない試行錯誤と“面倒くさいこと”に向き合い続けてきた途方もない時間の経過があります。西村直己さんの話から伝わってきたのは、不動産を単なる商品として扱うのではなく、人の暮らしやまちの記憶ごと引き受けようとする誠実さです。攻めと守りを明確に分けながらも――共創という開かれた姿勢で新しい価値を生み出していく。その姿勢は、東山で培われた人とのつながりや、ちょっとした違和感を大切にする感覚とも重なります。変わり続ける京都の中で、何を残し、どう未来へ手渡していくのか。西村さんの言葉は、私たち一人ひとりの住むまちのことを見つめ直すきっかけにもなるのではないでしょうか。