正解から、表現へ
写真と歩く現在地
京都芸術大学美術工芸学科 写真・映像コース
幅野初毅HATSUKI HABANO
2005年生まれ。東山高校クレセントコース卒業後、京都芸術大学へ進学し、現在3回生(2026年2月時点)。高校時代は写真部に所属し、総合文化祭に出場。競技として写真に向き合う中で基礎を培う。大学では写真を中心とした表現制作に取り組み、「旅と文学」の授業ではロシア文学を題材に作品を制作。学外ではフリーランスフォトグラファーとしての活動も行う。東山チャレンジで個展を開催するなど、写真を軸に活動の幅を広げている。
◎主な実績
第46回全国高等学校総合文化祭(とうきょう総文2022)写真部門 優秀賞(全国2位)、風景写真祭2022「第17回美しい風景写真100人展」学生部門 入賞
INTRODUCTION
京都芸術大学で写真を学ぶ幅野さん。東山高校では全国大会を目指す“競技写真”に打ち込んでいました。大学進学後、写真は「正解」を追うものから、自分と向き合う「表現」へと変わっていきます。幅野さんの原点と現在地、そのあいだにある歩みを伺いました。
写真映像コースで学ぶ「表現の土台」
現在通っている大学と専攻について教えてください。
京都芸術大学美術工芸学科の写真映像コースに通っています。現在3回生です(2026年3月時点)。このコースでは、写真と映像の両方を学びますが、人によって比重はさまざまです。私はほぼ写真を中心に制作しています。クラスは約40名で、制作の過程や表現も人それぞれです。
写真映像コースではどのようなことを学んでいますか?
入学してすぐ、京都で毎年開催される写真展「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真展」を授業の一環で見に行きました。学生はパスポートを手に市内各所の会場を巡り、世界の写真表現に触れることができます。最初の段階から貴重な体験でした。
普段の授業では写真史の講義もあり、日本から海外まで多様な写真家の表現を学びます。技術だけでなく「なぜこの表現なのか」を考える授業が多く、芸術大学ならではだと感じています。先生方も第一線で活動されている方ばかりで、日々刺激を受けています。
京都芸術大学の良さを教えてください
芸術教養の授業でタイポグラフィなど専門外のことも学べますし、プロダクトデザインの友人からUI/UXの話を聞くこともあります。他学科の学生から作品にコメントをもらえるのも、この大学ならではです。また留学生も多く、ドイツ、中国、韓国、ポルトガルなど様々な国の人がいます。文化による表現の違いに触れられる環境は大きな刺激になっています。
原点となった東山高校での3年間
東山高校の写真部では、どのような経験をされましたか?
東山では写真部に所属し、波嶌先生のもとで活動していました。目標は全国大会やコンテストで結果を残すこと。日々、撮影や作品づくりに取り組んでいました。競技の作品づくりには大会ごとに明確な評価軸があり、審査員にどう見られるか、どうすれば評価されるかを強く意識していました。どこか“正解”がある世界だったと思います。ただ、そうした環境で技術力や判断力を身につけることができました。あと高校3年生のときに「東山チャレンジ」で初の個展も開催することができました。
どういう経緯で個展を開催したのでしょうか?
高校3年生のとき「東山チャレンジ」という学校のプログラムに応募し選ばれました。正直、高校生の自分が個展をやるなんて、当時は夢にも思っていませんでしたが、プレゼンから準備、展示まで自分でやり切った経験は、何より大きな挑戦でした。
個展では、自分が日常の中で感じていたことや、高校生の今だからこそ切り取れる瞬間を写真で表現したいと思っていました。実際に会場で作品を見てもらい、「こんな視点で見ているんだね」と声をかけてもらったことや、作品について真剣に感想を伝えてもらえたことが、強く印象に残っています。思い切って挑戦したことで、大きな反響やたくさんのフィードバックをもらい、それが大学での制作活動にもつながりました。東山で過ごした3年間と、その後の大学生活で、僕の人生は大きく変わったと思います。
もともと東山の「自分で考えて動く」という姿勢や、セルフリーダーシップを大切にする環境に魅力を感じて入学しました。実際にその環境の中で挑戦し、自分で一歩踏み出す経験ができたことが、今の自分につながっています。だから、あのときの選択は間違っていなかったなと断言できます。
競技写真から自己表現の写真へ
大学に進学してから、写真との向き合い方は大きく変わりました。「自分は何を撮りたいのか」「なぜこの写真なのか」求められるものに応える写真から、自分の内面を差し出して対話する写真へと変わっていきます。ただ1〜2回生の頃は、『求められるものを撮る』制作が中心でした。そのときは、ふと「芸大で学ぶ意味って何だろう?」と考えたこともあります。(あとで振り返ると、基礎からしっかり学ぶことの大切さに気づくのですが。)
それでも、3回生になって主体的な制作が増えたことで、上手く撮れることがすべてではなく、不器用な写真にも良さがあると思うようになったので、自分自身の成長を感じています。
文学と写真が交差する制作
最近扱ったテーマで印象に残っているものがあれば教えてください
僕は一貫して、ロシア文学や言語論に興味があります。人の内面の揺れや、言葉にできない感情のズレみたいなものを深く掘り下げていく世界観に惹かれてきました。3回生後期の「旅と文学」という授業では、文学作品を一つ選び、その世界をもとに写真作品を制作する課題がありました。僕が選んだのは、トルストイの『アンナ・カレーニナ』です。
舞台は18世紀ロシア帝国。社会的地位も家庭も持つ女性アンナが、陸軍将校との出会いによって揺れ動き、やがて社会と個人の間で追い詰められていく物語です。僕が惹かれたのは、不倫や悲劇そのものではなく、社会の枠組みの中で「自分はどう生きるのか」と問い続ける人間の姿でした。正しさと感情のあいだで揺れる心、その孤独や葛藤を、写真でどう表現できるのかをずっと考えていました。
文学は言葉で世界を描きますが、写真は言葉を持たない。その分、見る人の感情に直接触れられる可能性があると思っています。言葉とイメージのあいだにある距離や緊張感を、自分なりに作品に落とし込もうとした制作でした。
制作のために取材旅にも出られたそうですね
はい。友人と関西本線沿線を巡りました。草津駅から柘植、関、そして加太駅へ。単線区間で、電車は1時間に1本。時間帯によっては2時間に1本でした。かなりの重量の荷物を背負うので本当に疲れました。余談ですが、本番の撮影のために1人で何度か下見にも行ってるんですよね。僕の中の下見の自分のルールがあって...現地にはカメラを持って行かないんです。あとスマホも使わず、紙とペンで考えを書き出します。僕は写真を撮る時間は一瞬で、99%は考えている時間だと思っています。技術よりも、その一枚にどんな心情を込められるかを大切にしています。あと電車は決められた終着点に向かいます。でも、物語の心情には明確なゴールがない。目的地よりも、そこへ向かう途中の感情を大事にしたかったんです。
3,000枚の先にある、たった数枚
制作で大変だったことは?
正直、すべてが大変でした...。展示する1枚を決めるまでに、2週間で約3,000枚撮りました。そこから40〜50枚に絞り、展示直前まで先生と組み合わせや流れを考え続けました。技術的に上手いかどうかではなく、「この写真から何が伝わってくるか」「言葉にならない何かがあるか」1枚1枚と徹底的に向き合う時間は、写真の重みと表現の厳しさを学ぶことが出来ました。また今回のテーマを扱ったことで、自身の内面とも深く結びついていった気がします。
写真は、人生の軸
大学生のうちからフリーランスとして活動されていますが、実際に仕事をしてみてどう感じていますか?
大学生になって何件か撮影の仕事をいただきました。クライアントから「めちゃくちゃ良かった」「かっこよく撮ってくれて嬉しい」と言ってもらえたり、SNSに載せてもらえたりすると、やっぱり嬉しいです。写真の道を選んでよかったなと改めて思います。
これからの展望について
将来のことは、まだぼんやりとした感じです。でも、大学生のうちにもっと自分の「好き」を知りたいと思っています。今は本当に恵まれた環境にいるので、ここからどんどん視野が広がっていく感覚があります。インプットできる時間があって、それを吸収して、ちゃんとアウトプットとして出せる。そんな時間は、大学生の今だからこそだと思うんです。成功しても失敗してもいい。まずは出すところまでやる。その経験を積んで、またブラッシュアップして、もっと良い方向につなげていきたいです。
それから、写真はやめたら死んじゃいます(笑)。マグロが泳ぐのをやめたら生きていけないのと同じで、それくらい自分の人生の軸です。これがないと今の自分はないし、写真をやらない自分は想像できません。
写真を通して人と出会い、関わる中で、自分の性格も変わりました。もともとは考えるタイプでしたが、写真を始めてから「まず動くこと」の大切さを学びました。だからこそ、後輩のみなさんにも、自分が「これだ」と思えるものを見つけてほしい。そして、考えるだけで終わらせずに、ぜひ一歩踏み出してみてほしい。成功しても失敗しても、その経験は必ず自分の力になります。動き続けることで、きっと自分だけの軸が見つかると思います。
編集後記
取材を通して印象的だったのは、幅野くんが自分の変化を特別な出来事として語らなかったことでした。写真を始めたことも、個展を開いたことも、文学を題材に制作を重ねていることも、すべてを「自然な流れ」として受け止めている。その姿勢に、彼らしさを感じました。「やめたら死んじゃいます(笑)」と語る写真への思いも、決して大げさではなく、ごく当たり前のように口にする。その静かな覚悟が、今の作品を支えているのだと思います。自分で考え、自分で動く。東山高校で培った姿勢は、確かに彼の中で息づいていました。これからどんな表現へと広がっていくのか。その歩みをこれからも見ていきたい。